中国始末記

6月も昨年に続き、福建省行きとなった。「中国始末記」にも書いたが、中国では何が起きても不思議ではない。生命にかかわらない限り、それを楽しむしかない。厦門(あもい)空港より迎えの車に乗る。通訳がこれより永泰へ行くとのこと。

思わず「ええ」と問い返してしまう。今日は、厦門泊まりの予定であった。そろそろ不測の事態が始りかけている。約4時間の道のりだった。渋滞時を避けた為、昨年より所要時間が短く到着した。宿泊所は、山荘の一戸建てである。部屋を借り切ってあり一戸建て総てを使うとの事である。お会いする拳法の先生と弟子の宿泊は理解できるとしても、その紹介者のその又紹介者と、芋づる式に宿泊している。

例えば、紹介者の彼女と彼女の学校の先生。さらには、その母親という風である。夜は、彼らの大宴会である。宿泊、食事等、全て私が払う。通訳に聞くと「全然、問題ありませんです。」と言う。問題があるのは、君たちでなく私の方なのだが? これが中国である。「もし、そうしないと皆の面子が潰れる。」と言う。面子の事は、後に触れる事にしよう。

初日、二日目と永泰での武術交流を終える。主に私の技と彼らの技を互いに見せ合う形である。三日目は、永春の村へ行く。御存知のブルースリーの習った永春拳の里である。観山と言う山の中の永春拳の先生を訪ねる。ここにも三戦が有るのである。今は、「端午の節句の為、寮生は皆、自宅に帰っている。」との事であった。

先生との型を交換する。ちまきをご馳走になり早めに山を下る。外路灯1つ点いていない夜道は、危険である。今日は、永春泊まりのはずだが、村を通り過ぎてしまう。聞けば車を夜間放置すると心配なので厦門まで戻ると言う。・・・どうやっても中国では予定が経たない。午前中に決めたことが午後には変わってしまう。しかも自分 達の都合で変わる。

永春からの帰路は、激しいスコールである。瞬く間に道路に水が溢れ始める。池と化した道路には、エンジントラブルの車が目立ち始める。辛うじて厦門のアパートメント・ホテルに着く。通訳が部屋に入るなりクローゼットを開け始める。「誰かいないかな?」・・・そういう事である。よく見るとベランダには、グラスファイバー制の糸で侵入者を防いでいる。10cm刻みで糸が張られていた。

剛柔流の宮城長順先生が福州に行った時も友人宅からの帰路・駕篭かきが途中強盗に変身した話が有る。物騒な町である。厦門は、北京と異なって町並が台湾に似ている。言葉も閩南語である。漢字を見て欲しい。門構えの中に虫が閩という字である。家中に虫が這い回る所という意味である。永泰では、まさにトイレ・浴室・ベッドと関係なく虫が現れ続けた。

南国の6月は蒸し暑い。朝、店の前の消火栓を開けて店内を洗い流していた。もちろんこれは、違法である。しかし、堂々とやる所が中国である。今、問題になっている偽物も堂々とやる。北京では、スパイダーマンⅢがホテルの前で売られていた。もちろん偽物である。

役人は、コピー商品の工場でも小売店でも利益が上がれば税金が入り、結果、自分の成績が上がる。さらには、自分のボーナスが増えるのだと通訳が説明してくれた。鄧小平が「黒い猫でも白い猫でも構わない。どの猫が鼠(金)を捕まえるかが大切だ」という演説を思い出した。もちろん良識有る中国人も多いに違いない。

初日に会う予定の五租拳の村に行く。ここにも三戦があるのだ。互いの交流を約束して今回の予定は、ほぼ終了した。帰国の日、9時の朝食の約束に通訳が来ない。昨日の宴会の続きが長かったのであろう。11時頃にフラフラの体で現れる。朝方5時まで飲んでいたと言う。誘われて断ると面子が立たないと言う。遅い朝食が終る頃、通訳の携帯が鳴った。

五租拳の先生方が昼を招待したいとの事だ。12時には空港に行かなければならない。断ると彼らの面子が潰れると言う。一箸でも良いから食べてくれとの事だ。急いで食事を取る為にレストランへ。私の都合ではない、彼らの面子の為だ。何とかフルコースの昼食を朝食の30分後に胃に入れて空港へ向かう。12時は大きく過ぎていた。何とも凄まじい旅である。しかし益々、中国が面白くなった旅でもあった。生命の危険のない限り!

押忍!

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