冊封

御嶽に続いて冊封(さくほう)について触れてみたい。琉球が中国及びその周辺地域(フィリピン・ベトナム・ミャンマー・マレーシア・シンガポール等)との海洋貿易が盛んであった頃、特に中国との深い関係が中国武術が琉球に伝来した事と関係が有る。

1368年漢民族の洸武帝が明朝を樹立すると1372年には、明と琉球間において進貢関係が早々と樹立された。冊封とは本来、中国国内で皇后や親王を任命(冊封)する方法が周辺諸国へ拡大されたものである。琉球で王が死去した後、新しく王を認めるというかたちで中国よりその使節団が冊封使として来琉した。

始めての冊封使は、1404年と有る。およそ半年近くに及ぶ滞在中には中国の武人より中国武術を学んだものと考えられる。それ以前の琉球士着の手(ディ)と中国武術が融合して唐手(トウディ)となった。

また、1392年に閩人(福建人)の36姓が帰化し、中国拳法の沖縄伝来、那覇手の源流とされている。ちなみに琉球王朝時代の冊封は明代が15回 清代が8回で23回におよぶ。

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