新年

鏡開きも終わり、いよいよ道場も本格的に始動し始めた。年が明けて昨年やり残した事、今年、行いたい事等考えているとやり残した事の多さに自分の努力不足を感じざるを得ない。つくづく時間が経つのが早く感じてしまう。まさに「少年老い易く学成り難し」である。

暮れから新年の休みは、時間に追われずに練習ができるので最も好きな時間帯でもある。今年は、肩を痛めており思う様な練習が出来なかったが、いくつかの技のヒントを得ることが出来た。まさに怪我の巧妙である。

「朝(アシタ)に道を聞かば夕(ユウベ)に死すも可なり」孔子の言葉であるが、ある機関紙に井上靖さんの解釈として[自分が生涯通じて追い求めてきた「道」が現実に世界のどこかで実現したと聞いたならば自分はいつ死んでもそれで本望だ]とあった。

我々は、人生の中に理想を追い求めて行く。しかしながらそれは掴み所のない余にも遠い道のりでもある。剛と柔の相生する空手あるいは技というものを追い続けてきたが、まだまだ日暮れて道遠しの感がある。

しかしながら一歩でも前へ進まなければならない。

謂(イ)う勿(ナカ)れ、今日学ばずして来日(アス)有りと
謂う勿れ、今年学ばずして来年有りと
日月逝(イ)きぬ歳我を延ばさず
嗚呼(アア)老いたり是(コレ)誰の愆(アヤマチ)ぞや      朱熹

 
新年なので、少し格調高く書いてみました。

押忍!

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