桜の便りも伝わってくる頃になった。コーヒーブレイク「琉球にて」でも1月に咲く沖縄の桜について触れたが、沖縄の桜は寒緋桜という種である。この桜は中国、福建省の原産で台湾経由で琉球王朝時代に渡琉したものらしい。

国内では総てのサクラに先んじて開花する桜には違いないだろう。同じ種が東京の愛岩神社にも有り2月半ばには開花するらしい。日本人の桜に対しての思い入れは、他の花に比べものとならない程大きい。時には花の下で祝い遊ぶ、桜の不思議な力のせいだろうか。又、武士はその散り際の良さを自らに投影し桜の花を愛した。

歌舞伎には「京鹿子娘道成寺」や「義経千本桜」等の桜を使った演出が多い。又、「仮名手本忠臣蔵」の判官切腹の場では、散る桜が物の哀れを誘い、日本人の無情感と結びついた名場面ではないだろうか。その時の台詞の中に「花は桜木、人は武士」という台詞が有った様に記憶している。

桜と言えば落語の「長屋の花見」も忘れてはならないだろう。日本人と桜を唄った歌に、本居宣長の「敷島の大和心を人問はば、朝日に匂う山桜花」と日本人の美意識を桜に託して唄っている。

梶井基次郎の「桜の樹の下には死体が埋まっている」という1文と共にこの時期、毎年思い出されるのが西行の「願はくは花の下に春死なん その如月の望月の頃」がある。今年の4月2日が旧暦の如月(2月)の望月(15日)に当たる。又、我々が忘れてならない道歌に「年毎に咲くや吉野の桜花、木を割りてみよ花のありかを」と気の運用について歌っている。

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