沖縄(琉球にて)

夏に引き続いて真冬の沖縄でこの原稿を書いている。極寒の沖縄でと書けば真夏と対照的であるが、今日の温度は17度位ある。東京の4・5月の陽気であろうか。桜も咲き始めているが沖縄の人々は「寒い寒い」を連発している。プロ野球のキャンプも始った様である。琉球王朝が残した文化遺産には石造文化、紅型(ビンガタ)織物、焼き物、王城、歌舞音曲と忘れてはならないものが武術であるが、御嶽(ウタキ)信仰という事を御存知だろうか。

沖縄における神の降りる所が御嶽である。岡本太郎氏の沖縄文化論によれば「私を最も感動させたものは、意外にも全く何の実体も持っていない―と言って差支えない、御嶽だった。御嶽―つまり神の降る聖所である。この神聖な地域は、礼拝所も建っていなければ、神体も偶像も何もない。森の中のちょっとした、何でもない空地。そこに、うっかりすると見過してしまう粗末な小さい四角の切石が置いてあるだけ。その何も無いと言う事の素晴しさに私は驚嘆した。」と有る。

那覇市内にも園比屋武御嶽(そのひやんうたき)石門があるが第2尚氏王統の第三代の尚真王によって創られた石門で門の後は、園比屋武御嶽といわれる聖域である。未だに原始的な信仰をとそれをつかさどるノロ(神女)が残っている地域もある。岡本太郎氏が眩暈を感じる程、原始的で何もないものに神との結びを感じた琉球の人々の精神的な広がりと感性の深さが感じられる。

何も無いと言うのは「隔て」のないことであり、さらには逆説的には何者も受け入れると言う事ではないだろうか。チャンプールと言う混ぜ合わせの文化を沖縄の文化と評するが、実は何者をも拒まないとは、何もないと言う事に根ざしている様にも思う。おおらかな琉球の人は、対立ではなく混ぜ合わせると言う文化を創り上げていった様に思う。

その昔、各流派の空手の先生方は、流派の隔てがなく交流が有った様である。何もない―隔てのないという交流文化は空手界にも琉球空手として有った様である。

押忍!

This site uses Akismet to reduce spam. Learn how your comment data is processed.