福建省厦門

6月17日、1年ぶりに厦門(あもい)空港に着く。初夏の蒸し暑さにドット汗が吹き出した。迎えの通訳を探すが見あたらない。再び汗が出てきたがたぶん冷汗であろう。

機内で同席の福州人と話をする。私も今回は福州が中心となる予定だ。向う方向がまるで一緒であるため機内でも話がはずんだ。東京で茶店を営んでいるという。福建省全体が、お茶の文化が盛んである。日本語も堪能である。

最悪のことを考えて福州行きのバスの手配を頼んでいると通訳が満面のエミで登場する。何の悪気もないところがすごい。急遽乗合のバスをやめてタクシーで行くことになったらしい。同乗の1人を捜して私と通訳と機内で同席の福州人と4人が狭い車内に乗せられた。

厦門から福州への帰り車らしい。無人で帰るより人を乗せたほうが良いのであろう。1人が払う料金はバス代並である。しかしタクシーといってもメーターも無い。およそ3時間半の窮屈な車内でのガマンとなった。窮屈に基準はないが、新しいズボンの尻が切れていたのにはびっくりした。途中スコールの様な雨が続く。

5時前に福州に着くがホテルの予約を通訳が入れていない。たぶんありえることと思い出発の数日前に必ず予約を入れる様に指示していたのだがムダであった。中国の旅はいつも、この様な不測の連続である。予定が有って予定が立たない。当日は大きな商業会議の為ほとんどのホテルは満杯の状態であった。

同行の福州人の計らいによって数人の友人が手配をしてくれたことにより無事ホテルに宿泊することができた。さらにはその友人達によって夕食までご馳走になった。まさに人間関係の国、中国である。おかげで一気に福州での人間関係が拡がった。沖縄にも四海皆同胞(いちゃりばちょーでー)という言葉があるが、「一度会ったらもう兄弟だ」 という意味らしい。福州が沖縄と同じ文化圏で有ることに違いない。

今回も数人の南拳の先生にお会いすることができた。清武会の空手に不足するものをたずねる。空手が中国より琉球に伝わり、日本に伝わった時、失伝してしまった技術、考え方をいくつか捜り当てることができた。沖縄のみの文献では果たせなかった結果である。

今年5月の清武会セミナーではかなりその結論的な部分を披露したつもりだ。福建省より伝わった南拳は気血の概念を含めて柔拳の要素の強いものであったはずである。どこで現在の剛の色合の強い空手に変化したのか。なかなか特定は難しいが、面白いテーマであることには間違いない。

中国より伝わった武術であれば剛拳(少林拳に代表される)であれ柔拳(太極拳、形意拳、八掛掌)であれ気血の働きを考えなければならないであろう。気血を考えると当然柔の要素が必要になってくる。まさに琉球武備誌の「法剛柔呑吐」の意味が明らかとなる。アドバンスクラス等で語ってきた私の仮説が少しであるが証明された旅でもあった。

さて、ある日の昼食である。鳩料理であるが、中国に行って驚かされる物に食文化の違いが有る。いつしかハクビシン騒動も消えたが、テーブルとイス以外の四つ足は総て食べるといわれる中国である。

親しくしている中国の治療院の話であるが、数匹の鳩を飼っていたのだが見当たらなくなったので「食べたのでは?」と冗談のつもりで言ったのだが「もちろん食べました。」との返事に、こちらの方がびっくりしてしまった。

鳩は、食材として食べるものらしい。日本の神社に行くと食料がたくさん有ると言っていた。治療院の入口の水槽の熱帯魚も何時の間にか居なくなってしまった。やはり食べてしまったのだろうか。

押忍!

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