萌(きざし)

木々の葉が落ちて冬のたたずまいとなっているが、もう桜の木には春に咲く花のつぼみを見つける事が出来る。この事を萌(きざし)という。12月の冬至を境に昼の時間が長くなり始める。しかしながら寒さは益々厳しくなる。体感的には、冬真只中にあっても宇宙的には春への兆が動き始めているのである。天地自然の本質的な転換が兆(きざし)である。

目に見える物を見、聞こえない物を聞き、感じられない物を感じる。という事を清武会では大切にしている。形に表れる前の気配を知るという事である。物事の本質は、極まれば変化するのである。転掌という型があるが、この転掌の型の本質もその事を述べている様に思う。手が極まったら転ずるという事である。

我々が学んでいる空手にも千変万化というように常に変化するものと変化しない不変のものである術理がある。この変化する事を学ぶ事が技術であり、不変の本質、その事に気付くことが空手哲学である様に思う。

12/22冬至

押忍!

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