大会予定
2018年9月9日
  • 第129回秋季トーナメント(関連団体様へ7/10発送済・ 申込締切8/21(火)必着)

    2018年9月9日ひらつかサン・ライフアリーナ 〒254-0026 神奈川県平塚市中堂246−1

2018年11月18日
  • 第19回全日本ウェイト制空手道選手権大会

    2018年11月18日トッケイセキュリティ平塚総合体育館, 〒254-0074 神奈川県平塚市大原1−1

2018年12月16日
  • 第130回冬季トーナメント

    2018年12月16日平塚市立太洋中学校, 〒254-0805 神奈川県平塚市高浜台7−1

各大会について

全日本ウエイト制大会

毎年11月に平塚総合体育館において開催されます。軽量級・中量級・無差別級の3階級において熱戦が繰り広げられます。

清武会カップ

毎年5月に平塚総合体育館において開催されます。ジュニア・女子・マスターズの全国大会です。

清武会トーナメント

年に4回行われるローカルトーナメントです。少年・女子・壮年・一般全てのクラスの試合を開催しています。多くの団体の選手の方々に参加して頂いております。

その他の大会

協力団体主催のトーナメントにも参戦できます。

大会パンフレット
大会パンフレットには年毎にテーマがあり、そのテーマについて師範の特集が組まれています。じっくりと読み込んで稽古に活かして下さい。
在庫に限りがあります。ご希望の方はお早めにお買い求めください。¥1,000
大会パンフレット

第18回大会「伸筋連動」

伸筋主体の身法  我々が打つ、突くという動作を行おうとすれば、腕は当然リキミとなり伸筋である上腕三頭筋の力を阻害してしまう。一般的に「力を抜け、肩を下げろ」というのは屈筋の緊張をなくし伸筋主体の力を出すことを言っている。その為に背・肩・腕を伸筋でつなぎ一つの力として働かす為には、勁道の確保としての訓練が必要となる。いかにこの勁道を確保するかを追求したのが太極拳の様に力を抜き、ゆっくり動作を意識して行うことに行き着いたと思われる。これが中国においては剛拳(少林拳)より柔拳(太極拳・形意拳・八卦掌)への変化であったことが推測できる。同じく日本においては逆技・逆投の柔術技より合気柔術への変化も柔からより柔への変化として考えられる。大東流においても合気柔術が初めから存在したのではなく柔術技よりの変化・進化と考えられる。清武会では初心者は逆取りとして10本の座り技、10本の立技があるがその中に小手返しが入っており、小手返しの手鏡の動作が上級者のレベルではそのまま投技の合気技へと変化している。総ての身体技法は剛から柔へと変化し、さらに極小化していくものと考えている。そのことを清武会では柔化と呼んでいる。

第17回大会「転掌」

三戦で創った統一体より出る力を「勁力」と言っているがこの勁力を滞りなく使う為には各関節をゆるめて筋肉を柔らかく使わなければならない。「力」は滞り、「勁」はのびやかであるといわれている所以である。力を出すためには軸と重心の安定が必要である。優れた武術家に肩に力が入り、軸がブレている者はいない。逆に相手の軸と重心を狂わす事が出来れば相手は安定を失い、力を出す事が出来ない。一般に「力の尽きたるを打て」と言われる様に、力の限界点より一寸(三センチ)引き出せば相手は力が出せなくなる。その際、力をもって相手と対抗してしまうと力がぶつかってしまう。また相手が自分より体力、力が勝っていた場合、相手を崩すことが出来ない。これが力技の限界ともいえる。剛柔とは相対的な関係をいい、相手より少しでも力が劣っておれば柔であり勝っていれば剛という。自己が力を入れてしまえば相手も同等の力で対応してしまう。これが人間の反射的な反応である。そこで、相手に力を感じさせぬ柔の動きが必要となる。この様に反射的に力を入れさせない為に力を抜き勁を相手に伝える。三戦で創り転掌で使うということであり、剛で創り、柔で使うということに他ならない。これが少林拳(剛)から内家拳(柔)への身の使い方の歴史的変化でもある。

第16回大会「三戦」

三戦のルーツといわれている八歩連の歩法も弓歩である。弓歩から現在の剛柔流の内八字形の三戦歩法となった経緯は不明であるが、より足趾の締めを強くしようとすると内八字形になった可能性はある。これも変形弓歩と考えられる。この足趾の掴みと締めが体幹に大きく作用する。足趾の締めのない三戦は体幹がつくれず、ぐらついてしまう。試しに八歩連の弓歩をつくり剛柔流の三戦の構えをしてみる。つまり足形は八歩連でつくり、手形は三戦の握りをつくってみると体幹が著しく強くなる。足形を変化させただけで体幹が何故強くなったのであろうか。そこに空手のみならず中国武術の歩法の秘密がある。

第15回大会「力から勁へ」

勁力で突く、打つとは腕の筋肉の力ではなく腿部、体幹部に発した力が腕を通して伝達された力である。これは三戦において統一体として腿部、腰腹部、背部、腕部を1つにまとめ力を出す伝達システムを創ることであると述べてきた。それは全身の力を1つにすることであり、ゴルフや、野球の打撃のインパクトの瞬間にも通じる。手の延長である道具に力を伝達させる原理はスポーツでも同様であり武術が武器法を学ぶのもこの力をさらに武器(道具)にまで伝える為である。「屈筋から伸筋使用へ」我々が重い荷物を持った時に指先に掛けて持った経験が誰にもあると思う。しっかりと握りしめ荷物を持つと屈筋である上腕の二頭筋の緊張により疲れを感じてしまうが、指先に荷物をひっかける様にして持つと伸筋は緊張しているが疲れを感じにくい事を知っている。掴みは屈筋使用であり、掛けは伸筋使用である。物を持つという動作一つとっても屈筋使用から伸筋使用への変化を日常の中で経験している。前述した様に中国ではこの伸筋の使用を意識的に行っている。これが鍛錬としての三戦ガメや八歩連や站樁功である。

第14回大会「気」

気とは人間と自然を結び付ける一種のエネルギーであり、人間の心と身、人間と自然を結び付けている根本的な力でもあり、宇宙に遍満するエネルギーの総称でもある。宇宙に陰陽の気が滞ることなく流通していれば、四季は滞りなく万物は可育生成する。気が滞れば温冷乾湿に異変が起き天変地異となる。人体においても気が滞れば病気となる道理である。

第13回大会「丹田」

自律神経は交感神経と副交感神経であり、内臓を自動的にコントロールしている神経である。胃腸、心臓、肺臓、腎臓、肝臓、脾臓、膵臓、血管、内分泌、汗腺等、自律神経の働きに左右され意志とは関係なく調整されている。少なくとも前述の臓器等がうまく機能しているだけでも健康でありうる。先ず長呼気による丹田呼吸によってゆっくり吐き続けると、上半身は脱力してくる。怒責をなくすと上虚下実となり、同時に脳圧は下がる。

第12回大会「立志」

人間は苦しい状態が続くとそれを緩和するために脳から快楽物質を出すといわれている。結果としてではあるが心地よい状態をつくるには苦痛が必要となる。逆に言えば逆境が楽しくなる様に脳を作っていくことが肉体訓練のコツでもある。たとえば大会の延長戦においても「おれはこれを待っていたんだ」という様な脳を持っている者と「大変だ延長戦だ」という者では結果に違いがでるのは明白であろう。もちろん人生においても同様である。

第11回大会「先師」

師の模倣を「守」と考えればその延長線上に「破」があり自己を磨くことであろう。しかしながら「守」「破」と「離」との間にはあまりにも隔絶した距離がある。それは凡人と覚醒した者との差であり日本武道ではその域に達した者に対して「師」という称号を与えている。自己の全き完成のために「道に入り、道に学び、道に知り、道に生き、道に死す」道に覚醒した者を名人達人と称している。

第10回大会「東風」

身体文化としての肚 日本には正座という文化と共に肚の文化があった。かつての日本人には肚を中心とした生活があり「肚を割る」「肚がすわる」「肚が出来ている」「肚を読む」「肚を探る」「肚を決める」「肚を立てる」等肚にまつわる身体言語が多くあるように肚という感覚が生活の中に活きていた。背筋を伸ばし正座をすることにより重心は自然と落ちるべきところ、つまり丹田に落ちる。

第9回大会「不易なるもの」

清武会が技を考える上で最も大切にしている考え方がこの物事を表裏一体と考えることである。つまり剛の中に柔があり、柔の中に剛が含まれている考え方である。ものがきわまったとき他の性質に変化するという考え方である。たとえば制引鎮や十八、転掌の技を考える上で参考となる。

第8回大会「転掌」

清武会では三戦を「体の創り方」を象徴している型とし、転掌は「体の使い方」を象徴している型としている。相手の力と同じ力で対立してしまうと力は拮抗してしまう。この時、相手より大きな力で対するのが「剛」、相手より小さな力で対するのが「柔」である。剛の中に柔を包み、柔の中に剛を備えることこそ清武会が考える柔と剛が互いに助け合い生かし合う剛柔相生の考え方そのものである。この術理こそ清武会のシンボルマークに他ならない。

第7回大会「生涯武道としての空手」

競技空手では素質や体力、若さなどの要素が勝つために必要な条件となっているが、清武会では選手としてピークの過ぎた40代、50代、60代になっても研鑽できる空手を目ざし、そのための方法論に従った稽古を続けることを生涯空手と称している。40代50代になってもできる空手とはどういうものなのか、それは力で相手を制するのではなく、技術により相手をコントロールすることであり、さらには剛の三戦という鍛錬法を用いて伝達システムの変化を創ることであり、筋力のおとろえをカバーし筋力にまさるものを創ることである。これについては各論(三戦)の中で説明するつもりである。型の稽古も体のつくり方である剛の三戦から使い方である柔の転掌へと徐々に柔化していくことによって筋力にたよらない力の発揚をうながして行く。